恵みのしずく

恵みのしずく(36) 「キリスト・イエスを知っていることのすばらしさ」 ━イエス様にお仕えして35年━ (大竹 堅固)

上記表題の一文は、5年前の私たちの「金婚式」(註:結婚50年記念)のお祝いに娘のウォーレン志保子一家が7月12日から2週間カナダに招待してくれた折りの7月17日(日)に、その教会「CAN」(Church of All Nations)の礼拝で私が語ったものです。

 カナダ・バンクーバーには16年ぶりの訪問で、私たち夫婦に登巳子の姉の風岡明子姉も同行してくれた忘れられない旅となりました。

(2021年5月15日記 大竹 堅固)

〈はじめに〉

 お早うございます。今、こうしてカナダ・バンクーバーの「CAN」の皆様の前にいること、本当に夢のようです。今回、ウォーレン・ファミリーのたっての招きで、このことが実現しました。それにもう一つ、CANの岡崎祥子さんのひと言があったようです。

 昨年の4月1日、カナダに帰るウォーレン家を教会の何人かの方々と成田空港に送った時、同じ便で帰る岡崎さんに初めてお目にかかりました。そして、最後の別れの時、またウォーレン家に来年も来てもらいたくて、咄嗟に思い付いて「来年は私たちの金婚式だから、また絶対に来てね」と私が叫びました。

 それをウォーレン家と一緒に聞いておられた岡崎さんが、「それなら、あなたたちが日本にくるのではなく、ご両親をカナダに招待すべきよ!」と言われたのを家内が覚えていて、「きっと、岡崎さんがケンさんや志保子さんに勧めてくれたのでは…」と言うのです。

 とにかく、「岡崎さん、ありがとうございました!」

 その後、岡崎さんはまた日本に戻られ、昨年11月29日(日)のアドベント第1主日の日、お友達の鈴木ご夫妻と一緒に私たちの「聖望キリスト教会」を訪ねて下さいました。また、今年の3月28日(月)〜30日(水)には、カナダのスティーブ・フロト牧師も、福島に行く前に寄って下さり、教会のゲスト・ルームに泊っていかれました。ケンさんに似た、心の優しいカナダ人でした。

 私たちの教会のモットーの一つは、「旅人をもてなしなさい!」(ローマ12:13)ですから、CANの皆さんの中で、もし日本に来られる時には、ぜひ「聖望教会」に寄って下さい。私たちは、いわば“姉妹教会”なのですから、心から「ウエルカム!」です。

 

〈両親の信仰を受け継いで〉

 さて、折角、証しの機会を頂いたので、35年前から始めた「家庭集会」のこと、そしてその15年後に誕生し、今年、創立20周年を迎える家の教会「聖望キリスト教会」(SEIBOU Christ Church)の現状、さらにキリスト教信仰がなかなか根付かない日本の土壌など、日本の歴史的な背景についても、1ジャーナリストとしての私見をまじえて語らせて頂きたいと思います。

 しかし、何よりもまず先に、私たち夫婦がイエス様を信じ、ただイエス様のみを仰いで、イエス様にお仕えする“喜びの人生”へと変えられた基(もとい)は、私の両親(大竹達之助・千代)の信仰にあります。私たちは、人生の半ば近くになって、ただそれを受け継いだ者にすぎません。

 先程、「金婚式」という言葉を何回か使わせて頂きましたが、私たちは、丁度50年前の昭和41年(1966年)5月15日(日)に結婚しました。その年は7月に「ビートルズ」が来日し、その旋風が日本中に吹き荒れた年でした。27歳と22歳の若いカップルでした。二人とも、まだ洗礼を受けていませんでした。

 その日、妻となる登巳子が用意して、出席の皆さんに自由に書いて頂いた「祝婚帳」というアルバムがありますが、私の両親もそこに書いています。きっと、私たちが新婚旅行の間に書いてくれたのでしょう。

 これを読むと、両親の思いがひしひしと伝わってきます。読ませてもらいます。まず父は、墨の見事な字で、父らしく単刀直入に(ストレートに)こう書いています。

「一家の憲法は聖書。聖書は凡て神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め正しくし、義に導くのに有益である。父」

 一方、母は少し太いマジック・ペンで、父のうしろのページに慎ましいながら、内に秘めた強い意志を感じさせる筆致で、こう書いてくれました。

 「良き伴侶を得ておめでとうございます。聖書に『ふたりはひとりにまさる』『人がもし、そのひとりを攻め撃ったなら、ふたりで、それに当であろう。三つよりの綱はたやすくは切れない』(伝道の書4章)とある通り、助け合い、はげまし合って、たのしい家庭を築いてください。

 私共、人の親は生ある限り若いあなた方を見守ってまいります。が、その後は天の父があなた方を守って下さるでせう。之が切なる父母の願いであり、祈りであります。千代」

 

 久しぶりに、両親が書き残してくれた、これらの言葉を読み返していましたら、書き方はもちろん違いますが、すぐにモーセの『申命記』6章の「シェマーの誓約」の箇所が、心に迫って来ました。モーセは、「モーセ五書」の最後の巻『申命記』で、それまでの四巻で言い足りなかったことや、何回でも重ねて言って置きたいことを、これでもか、これでもかと、しつこいほどに語ります。

 「シェマー」とは、ヘブル語で「聞きなさい」「聞け」という強い命令の言葉です。ちなみに言えば、日本語というか漢字の「申」(しん)という字は、「申し上げる」「言われる」という意味の他に、「重ねて」「今一度」といった意味もあるのです。

 「聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。」(申命記6章4〜9節)

 モーセがこのように、しつこい位に重ねて言わざるを得なかったのは、選民イスラエルの民に限ったことではなく、その後、イエスを信じるようになった全世界のキリスト者に向かっての言葉でもあるのです。それほど、人間はすぐに神の存在を忘れ、空しい偶像に心を向けてしまう罪なる存在なのです。

 モーセに倣って、私たちキリストに救われた者一人一人も、子供たちに、孫たちに、また接する人たちに、「キリスト・イエスを知っていることのすばらしさ」(ピリピ3:8)を語り続けなければいけないのです。

 私の父・達之助の信仰3カ条は「十字架・復活・天国信仰」であり、その生活信条としては「経済の自立、信仰の独立、神には絶対服従」の3つを挙げておりました。

 

〈なぜ、日本でキリスト教信仰が根付かないのか?〉

 次に、上記の根本的な問いというか、疑問について少し触れてみたいと思います。

 お隣の国・韓国では国民の30%が、また、まだ信仰に対する迫害の強い中国でも10%がクリスチャンであると言われる中で、日本では、明治の初めに福音的なプロテスタント信仰が伝えられて150年を経た現在でも、クリスチャン人口が1%以下という実態はなぜなのでしょうか? 色々な理由が挙げられます。

 ①まず、歴史的な事実として、16世紀末の豊臣秀吉、そしてそれに続く17世紀初頭の徳川時代から明治時代に至る、約260年の長きにわたる支配者(専制君主)による「キリスト教禁制」と厳しい宗門改めや檀家制度での過酷な弾圧が挙げられます。

 ②また、先の太平洋戦争の敗戦までに、日本人の心に刷り込まれた「キリスト教=邪教or外国の宗教」といったイメージが固定化していること。

 ③さらに、明治6年の「キリスト教禁制解除」(実際は列強の強い非難・抗議により仕方なく解除)後に、最初に信仰を持った人たちが元武士であったり、高学歴者や富裕層であったことで、知的階級の人たちの宗教と誤解された結果、一般庶民との間に垣根ができてしまったこと、また教会でもそれに安住し、結果的に教会の“敷居”が高くなって、今日に至っていること。

 ④また、日本人の長い歴史で育まれてきた「個」より「群れ(団体)」を大事にする生き方というか処世術として「周りと異なったことは避ける」という考え方が、今でも根強いこと。

 ⑤確かに、1945年8月15日の敗戦後、暫くの間、キリスト教ブームがあって、一時的に信者が急増したことがありましたが、それもすぐに去り、その後、高度経済成長と高学歴社会への変化の中で、キリスト信仰としてよりも一つの「知的な教え(教養)」と受け取られ、信仰が実生活に密着した、生きたものになってこなかったこと、などが挙げられるでしょう。

 ⑥さらに最近の状況としては、日本の人口構造そのものを反映して、教会の高齢化が深刻であり、地方教会の多くが70代以上の信徒によってやっと維持されていることから、10年、20年後には、その多くが廃会(消滅)すると予想する人も多い。神学生の減少・質の低下から各教団・教派において“無牧の教会”が増えていることも厳然たる事実です。

 

〈今こそ、信徒が立ち上がるとき!〉

 しかし、過去・現在のマイナス理由を挙げただけでは意味がありません。それらの現実をしっかりと認識した上で、改革に向け出来ることから小事を積み重ねていくしかありません。牧師はもちろん、信徒がもっと自立し、キリストの弟子となっていくべきです。

 私は、子供の頃から野球が大好きで、日本経済新聞社に入社し、自ら希望した出版局で26年間エースを勤めました。“サイクル・ヒット”(註:1試合に本塁打・3塁打・2塁打・ヒットを打つ)を果たしたこともあります。そんなことから、毎年、開幕からポストシーズンまでMLB(メジャー・リーグ・ベースボール)を夜11時からBS1で見るのが楽しみです。特に巨漢揃いの大リーグで、あの細身の体で、42歳になっても活躍しているイチロー選手の大ファンです。

 今はマイアミ・マリーンズで、“大リーグ3000本安打”も秒読みですね。このイチロー選手がまだシアトル・マリナーズ時代の2004年に「年間260安打」(最終的には262安打を達成し、今も破られていない)の大記録を立てた時に語った彼の言葉が忘れられません。

 「夢や目標を達成するには、只(ただ)一つのことしかないでしょう。それは、小さな事を積み重ねていくことだけですよ。」

 もう一つ、あのips細胞(人工多能性幹細胞)をつくることに成功し、昨年(2015年)、「ノーベル医学生理学賞」を受賞した山中伸弥京都大教授が若い研究者たちに、「研究者として成功する秘訣はVWだ」と語ったそうです。「V」はビジョン(Vision)です。「W」はワーク(Work)で、しかもワーク・ハード(work hard)。まずビジョンをきちんと決め、あとは一生懸命に働く(研究する)ことを表す頭文字です。山中教授は言います。

 「長期と短期のビジョンを持ち、短期を達成することで長期をかなえる。それが成功につながります」と。これは、何も研究上だけのことでなく、すべてのことに通ずるのではないでしょうか。

 聖書では、「幻(まぼろし)がなければ、民はほしいままにふるまう」(箴言29:18)とありますが、教会も主のみ教えをしっかりと守って進んでいるでしょうか。信徒一人一人も、それぞれに与えられた使命をもって、目標をめざして小事を積み重ねているでしょうか。

 20年前、主に押されて、たった5名で「家の教会」(エクレシア)をスタートしました。恐れも不安もありませんでした。ただ主イエスの言葉「二、三人わが名によりて集まる所には、我もその中(うち)に在るなり」(マタイ18:20、文語訳聖書)を信じて、主に従って歩んできました。主は、次々に必要な人たちを増し加えて下さり、6年程前には念願の新会堂も与えて下さいました。

 今では、その会堂に毎日曜日、60名前後の老若男女が集い、礼拝を献げています。また、音楽や美術のイベントあるいは「オープン・チャーチ」「オープン・ガーデン」のときには100名を超える方々が近隣から集まってくれるようになりました。教会は「祈る教会」「賛美する教会」であることは勿論ですが、さらに「地域に仕える教会」として、いろいろなビジョンを出し合って、チャレンジしていく教会を目指しています。

 そして、「聖望キリスト教会」は、どの教団・教派にも属さない自由かつ独立した教会であり、信徒中心の教会ですので、信徒一人一人が“キリストの弟子”をめざし、その賜物を生かして主に仕え、教会に仕え、地域に仕えていくことをモットーにしています。もちろん、教会のリーダーは「イエス・キリスト」です。

 今の私の思いをみ言葉に託して、このCANにおける証しを終わらせて頂きます。それは詩篇71篇18節のみ言葉です。

 「年老いて、しらがになっていても、神よ、私を捨てないでください。私はなおも、あなたの力を次の世代に、あなたの大能のわざを、後に来るすべての者に告げ知らせます。」

アーメン!

 

 今回のカナダ再訪に際して、「CAN」および「New Eden Ministry」の働きに対して教会をはじめ、外部を含む何人もの方々から献金を託され、お渡しすることができました。

 以下の一文は、帰国翌日に届いた志保子司祭からの感謝の手紙です。

〈聖望キリスト教会の皆さま〉

 主の御名を心から賛美します。

 このたびは、金婚式のお祝いのために、16年ぶりに(私のリージェント神学大学院卒業式以来)、両親がバンクーバーの地を訪れることができ、大変すばらしい時間を持つことがゆるされました。

 皆さまのお祈りに支えられ、両親は長年祈ってきた、こちらでの開拓教会(Church of All Nations)や美しい自然に囲まれたオーガニックの畑において、キリストによって様々の国民・年齢・特別支援の人々などが一つにされている「ニューエデン・ミニストリー」の様子を実際に目にすることができ、大きな励ましを受けたようです。こちらカナダにある多くの兄弟姉妹も、両親の訪問を通して、聖望キリスト教会の皆さまの祈りと愛を、直に感じることができ、皆一同、感謝しております。次回は、聖望キリスト教会の方々が、いつかバンクーバーに来ることができれば! と皆、願っております。

 また、このたびは、こちらでの働きのために、尊い献金を捧げてくださり、主にありて感謝申し上げます。また、いつも皆さまのお祈りに支えられていることを、ひしひしと感じております。皆さまの祈りがあって、現在のすべての働きが導かれているのですから、本当にありがとうございます!

 こちらの教会も、聖望キリスト教会のことを祈って参ります。このように、カナダと日本が主によって徐々に一つとされていることを、心から感謝し、また将来、主がどのようなことをしてくださるのかを期待しつつ。

感謝と希望とともに。 2016年7月26日

ウォーレン志保子