恵みのしずく(23) 「年々歳々、心こめて・愛こめて」(Ⅰ) (藤崎 信)
以下に掲げる短文の数々は、教会がスタートした翌月(1996年9月)から毎月1回 主日礼拝のご用をしてくれることになった藤崎先生が、その前週にFaxで送ってくれた主日礼拝順序(招詞・交読文・賛美歌・聖書・説教題)の下に必ず添えてくれた短信です。そして、最後に決まって「心こめて藤崎信」あるいは更に「心こめて、愛こめて藤崎信」で終わっているのです。
この先生の短信にどれほど励まされたか知れません。これは私個人に宛てられただけでなく、聖望教会の皆さんに、さらにキリストを信ずる者すべてに慰めと励ましを与えるものと信じます。先生の広くて自由な信仰観、主イエスへの不動の愛、そして何よりも、あの笑顔と温かなお人柄が私たちには“たまらない”のです。
10年近くにわたって出てきた先生からのFax文の束を、月ごとに整理してみました。
(2020年4月20日記 大竹堅固)
〈1月の便り〉
- 「いかがお暮らしでございますか。お伺い申しあげます。一枝さんがダウンして、“食欲なく、声も出ず”が続きました。しかし、私は元気に、この1月は数多く説教をさせていただきました。講演も一つあり、「聖書と福祉」というタイトルでした。福祉を知らない者が福祉のことを述べたのであります。お笑いであります。
悩みや苦しみがあります。しかし、私はこうして、イエスに現われた神の苦しみに与らしていただいている、と思っております。
今日(1月27日)は矢内原忠雄先生の誕生日であります。一日中、そのことを思って生活したい、と思っております。では失礼します。
御身くれぐれも大切に。祈っています。
2005年1月27日(木) 心込めて藤崎 信」
- 「新しき年の1月をいかがお暮らしでございますか。気持ちよくお過ごしのことと推察いたします。それは「夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある」(詩篇30:5)と言うものでありましょう。神は「傷つけ、またいやす」神であります(申命記32:39)。
神の愛は、高く深くあります。
キリストに現わされた神の愛をさんびします。一枝さんは食が進み、この1月は1キロ増えた、と報告してくれました。私たちは身体的には薄氷を踏む生活ですが、「内なる人は日々新たにされています」(Ⅱコリント4:16)。感謝であります。皆さんにお会いする日を楽しみにしております。
2006年1月27日(金) 心込めて藤崎 信」
- 「新しき年のお祝いを申しあげます。昨年のクリスマス・カードに「夕暮れになっても光がある」と大書してお寄せいただき、感激しました。あなたは固いだけでなく素直であると、思いました。新しき年、未踏の道を行く思いであります。
昨年は50回以上も説教をしました。こんな大きな恵みはありません。多分、うちの五郎先生(註:信先生の父上)、特にわが母・喜代子夫人の喜びは格別のことと思います。天での神へのさんびが想像されます。新しき年は、行動範囲を広げて、研究発表に挑戦したいと願っております。
自分のしたことでなく、皆さんに支えられている喜びを証しして参りたいと思います。今年は、特にいやしい者を祈りの端(はし)にお加えください。最後にチョットでよいのです。元旦からよい日々を感謝します。この平安、この恵みがあなたにもあるように。
2007年1月4日(木) 心込めて藤崎 信」
- 「心のこもった賀状を感謝します。素晴らしい一年を過ごさせていただき、更に素晴らしい一年を迎えました。そんな喜びに満ちた賀状でありました。
今年はハレルヤ・コーラスの練習に取り組んでいただきたい、と希望します。市のホールにでも出て行ってもらいたいと思います。今年は“打って出る”を合言葉としたいですね。明日は泊まりません。日曜日の朝、参ります。散歩ができないことが残念です。“水と散歩”を合言葉にして、今年も過ごせれば幸せであります。
2008年1月4日(金) 心込めて藤崎 信」
- 「おめでとうございます。元旦7時に運動公園の平和の塔に上り(石段49段を踏んで)、加須市民と世界の平和のために祈りました。
正月の雑煮は、まゆみさん(註:先生のご次男・悦児さんの奥様)が一枝さんから習ったシャケの雑煮でした。11時から元旦礼拝に一枝さんと一緒に出席し、み名をさんびし、この喜び、この平安を心から感謝しました。喜びの、そして慰めの一年となるよう祈りました。
ご一家の上に、そして聖望キリスト教会の上に主の祝福を祈ります。教会から離れている人に、主の深い愛が注がれています。“慰めの牧会”をする教会であるよう願います。本年もよろしくお願い申します。
2009年1月1日(木) 心込めて、主にあって藤崎 信」
- 「この一月も守られて、喜びのうちに31日を迎えました。今朝、1時21分、西一郎さん(西幾多さんの夫)が召されました。非常に明るいエンジニアで、思い出深い方であります。
大変に寒い日が続き、23日(水)は雪が降りました。一枝さんは週に一度、病院に参っております。皆さんの祈りに支えられて、日を追うごとに元気になっております。
支えられている、残された日々を気持ちよく過ごさせていただきたく願っております。私のためにも祈っていただきたく願います。
御身くれぐれも大切に。
2008年1月31日(木) 心込めて藤崎 信」
〈2月の便り〉
- 「お誕生日お芽出度うございます。遠くからお祝いの言葉をささげます。「正しい者(=主に従う人)には災いが多い。しかし、主はすべてその中から彼を助け出される。主は彼の骨をことごとく守られる。その一つだに折られることはない」(詩篇34:19〜20)。「彼を守ってくださる」。それを信ずることが、誕生日の祝福であります。
私は、人生の後半でよき人と出会ったことを御恵みと感謝します。あなたから多くのことを学ばしていただきました。賞味期限の切れた牧師は、ある意味で悲惨であります。苦難からの救いを得させていただいたように、感謝するものであります。友の誕生日を心からお祝いします。
2005年2月25日(金) 御身くれぐれも大切にしてください。
心込めて藤崎 信」
- 「球根の中には 花が秘められ(讃美歌21:575番)とあるように、わが家の庭にチューリップが気持ちよく芽を出しております。
「霊とまことによって礼拝する」(ヨハネ4:24)。その初心に帰って礼拝しましょうという説教のために祈っておりました。
誕生日を祝します。この日は、自己の使命を確認する時でもあります。それは“重荷を負う”ことであります。教会のため、主のために愛の労苦を負うべく私たちは召されております。春とはいえ、名のみで風は冷たくあります。御身くれぐれの大切に。
2006年2月28日(火) 心込めて藤崎 信」
- 「春は名のみの風の寒さよ、という昨今になりました。今日は、北から南から一枝さんを訪ねて二人の姉妹が来ることになっております。アブラハムは旅人を迎え、それが天使であったと聖書に記されております。一人は須賀川から、もう一人は長崎県からであります。信仰の交わり、主にある交わりを感謝します。普段の生活は、天の生活の準備であります。そうしたことを根底にして交わりたい、と希望しております。お会いする日を楽しみにしつつ…。御身くれぐれもお大切に。
2008年2月27日(水) 心込めて藤崎 信」
- 「新しき年の1月が過ぎ、2月を迎えようとしています。ご家庭の中に、病いによる手術(註:孫のジョシュア君の扁桃腺の手術?)などがあって大変なことでした。少しも存じ上げず、ただお聞きして驚くばかりであります。祈りが献げられたと思います。「神は傷つけるが、それを包み、打ち砕くが、その手でいやしてくださる」(ヨブ記5:18)。
九州の旅行(註:鹿児島の唐川夫妻を訪ねる旅?)にインスピレーションがあったと予測します。牧会は大変であります。涙なしにはできません。羊飼は、あやまり傷つくものであり“痛める羊飼”であるとの自覚が必要であります。
主イエスこそ、「いたんだ葦(あし)を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない」(マタイ12:20)お方であります。
2007年1月31日(水) 心こめて藤崎 信」
- 「今週、勝田台の姉(註:一枝さんの兄の妻)が亡くなり、通夜・告別式に参加しました。私が代表して弔辞を述べましたが、真言宗豊山派の僧侶が「今日の弔辞はよかった」と言われて、私は戸惑いました。死について考える時が与えられて、感謝しております。
主イエスを信じて、“よかったという人生”を送らせていただきたいと、切に祈りました。「主は、打ち砕かれた心の人に命を得させる」(イザヤ書57:15)。信じます。感謝です。
2009年1月28日(木) 心込めて藤崎 信」
追伸:夜は泊まらず、主日の朝伺います。
- 「先日は、適切なる校正をしていただき、全く新しい文章のようになった説教を見て、驚き感謝しました。あなたと根井洋子さんの愛の労苦の上に、主のいやしと祝福があるようお祈りします。
今夜は、影山範文先生による家庭集会がもたれますね。その集会の上に恵みを祈ります。すばらしい人を神様はお造りになったと賛美します。市川家庭集会が更に祝されますように。
一枝さんは一歩前進、二歩後退であります。しかし、弱った彼女と共にあることを無上の喜びとしております。明日は泊まりません。主日の朝、参ります。
寒さのみぎり、御身くれぐれも大切に。
2010年2月5日(金) 心こめて藤崎 信」
- 「2012年も新しく2月になりました。寒い日々が続いております。毎朝、散歩をしています。寒い風に向かって行くと、心の中に新しい力が蓄えられていきます。
今年は、恵みの年であると信じます。「うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進む」(ピリピ3:13)であります。
2012年2月1日(木) 御身大切に。心こめて藤崎 信」
- 「寒い日々が続いております。いかがお暮らしですか。私の方は、つい先日、弟(満さん)の妻(とも子さん)がみ許に召されました。不本意ですが、私が司式をすることになりました。私は、家族の者は他の牧師にしていただくという態度でした。両親はもとより一枝さんもるつ記さんも、皆そうです。
明日、日立平和台霊園で行います。大切なことは、これは“神の御心です”ということです。弟は、全く体のきかない妻をよく看護しました。
どうか寒さのみぎり、御身くれぐれも大切に。
2014年2月1日(土) 心こめて藤崎 信」